苦の衆生を救摂(くしょう)せん
この十一月十一日で、あの東日本大震災から二年八ヶ月が経ちました。先日テレビで、NHKスペシャル「亡き人との“再会”~被災地三度目の夏に~」という番組を放送していました。多くの命を奪った東日本大震災。突然、家族や身内など大切な人を失った人たちは、その亡くなった人への想いを日々募らせています。そうした被災地で今、「故人と再会した」「声を聞いた」「気配を感じた」といった“亡き人との再会”を体験する遺族が数多くいるそうです。そのような人たちには、故人との再会を通じて、その後の生き方に少なからず影響があるようです。それは医学の世界でも、そういった数多くの事例が報告され、専門家による調査も始まっています。例えば、震災で妻と長男(十一ヶ月)と次男(生後七日)のお子さんを亡くされた父親がいます。その方は、現実から逃れようと自暴自棄になりがちでしたが、震災から二年後のある日、夜寝ているとトントンと肩をたたかれました。振り向くと女の子が「ちょっと待ってて」と言って、それぞれ成長した二人の息子(長男三歳、次男二歳)を連れてきてくれました。三歳になった長男のお子さんは「パパ、もう大丈夫だからね」と言い、次男のお子さんはニコニコ笑っています。連れてきてくれた女の子も「もう大丈夫だから頑張ってね」と言いました。父親はそれ以降、二人の息子に情けない所は見せられないと思い、立ち直って生活するようになりました。
このように、被災者の中には、亡くなった人と再会することで、生きる力を得ている人が多くいます。つまり亡くなった人がその遺族をケアしているのです。日々被災者のケアに当たっているある医師は、番組の中で“死者の力”と表現していました。
私たちの宗旨で枕経やお通夜などでお称えするお経に『発願文(ほつがんもん)があります。その中で「かの国に到りおわって六神通(ろくじんづう)を得て十方界にかえって苦の衆生を救摂せん」と説かれています。意味は、「西方極楽浄土に往生した後、六つの優れた能力を得て、あらゆる世界にかえって、苦しみ悩んでいる人を救うのだ」ということです
この六つの優れた能力(六神通)とは、大事な人をいつまでも大切にしたい、見守りたいという、私たちの心からの切なる想いを阿弥陀様がお汲み取りになり、お与え下さる能力のことです。具体的には、清らかな目ですべてを見通し(天眼通・てんげんつう)、お互いの過去からの関係が解り(宿命通・しゅくみょうつう)、あらゆる声を聞き漏らさず(天耳通・てんにつう)、相手の心中を正しく察知し(他心通・たしんつう)、常に穏やかにいる(漏尽通・ろじんづう)、瞬時にあらゆる世界に移動する(神境通・しんきょうつう)ことができる能力を言います。
まさにこの六つの力を持った方が、先ほど紹介したお子さんたちのように、あるいは、私たちが気づかぬところで、私たちに精一杯生きるように、また、命終わる時には必ず阿弥陀様の国・西方極楽浄土に迎えられるようにと、働きかけてくださっています。
この私も、いつかこの世を去る時が必ず参ります。その時には、必ずや極楽浄土へと往生し、そこで六つの優れた能力を身につけさせて頂き、そして今度は、あらゆる世界で苦しみ悩んでいる方々や縁ある方々を一人でも多く導き救いたいと思っております。この世では自分もまた苦しみ悩んでいる身、なかなか思うようにはいきません。しかし極楽浄土へと往生すれば、それが叶うのです。南無阿弥陀佛とお念佛をお称えすることで、私たちは、必ず極楽に往生できます。自分の往生のため、そして、縁ある方々を一人でも多く極楽浄土に導いていくためのお念佛をお称えしていきたいものです。
皆様も、どうぞ共々に日々お念佛をお称えし、この世での命終わる時には、阿弥陀様自らのお迎えを頂戴して極楽浄土へと往生し、そこで六つの優れた能力まで身につけさせていただきましょう。そして今度は皆様お一人お一人が、多くの苦しみ悩む方々や縁ある方々を導いていただきたいと思います。
合掌
2013年11月17日
長野教区浄土宗青年会 栗田裕二