あいさつ

 私が朝、境内を掃除しておりますと、「おはようございます。」と子供たちの元気なあいさつが聞こえてきます。お寺のすぐ隣に小学校がありますので、登校してきた児童が、先生たちにあいさつしている声です。その声を聞くと、とても清々しく、今日も一日頑張ろうという気持になります。

 ここ数カ月、ある建設現場で、毎日、寒い日も雨の日も同じ場所に立って、交通整理や通行人の安全を守ってくださっている方がいます。私は、その建設現場の前を毎日歩いて通ります。もちろんその方とは毎日顔を合わすことになります。その方は、車で通る人には頭を下げ、歩いて通る人には、「おはようございます」や「こんにちは」と声をかけていらっしゃいます。私も毎日あいさつするようになりました。最初は、あいさつだけでしたが、「今日は寒いですね」から始まり、次第に色々なお話をするようになりました。その方はお仕事中ですから、そう長々とお話しすることは無理ですが、それでもかなり親しくならせて頂いたと思っております。それに、お話をしていて、何とお檀家様の親類だということがわかったのです。毎日、顔を合わせていても、目をそらし、あいさつを交わしていなければ、当然お話をすることもありません。
 「あいさつは、いつでもどこでも、誰にでも」あいさつから、会話が生まれ、心が通い、ご縁を感じることが出来るのだと、ひしひしと思い知りました。
 二年前には、東日本大震災が起こりました。私が住む和歌山県も、南海地震が近い将来起こるとされています。地震の後には津波が来るため避難しなければなりません。元気な方は、自分自身で高台に逃げることが出来ますが、高齢者の方や体の不自由な方は、そうはいきません。近所やその地区の人の助けが必要となるでしょう。「近所には、どんな人が住んでいるのかもわからない」という事では、肝心な時に助け合いが出来ません。日ごろから、顔を合わせたときには、あいさつを交わし、何気ない些細な事でも会話をしていれば、お互いを知る事ができ助け合うこともできると思うのです。
 
 あいさつから、人とのつながりが広がっていくように、お念佛も同じことだと思うのです。みんなで、声に出してお念佛をお称えすることによって心が通じ合い、信仰の輪が広がっていくでしょう。ご先祖様の御供養のため、また今、救いを求めていらっしゃる方もみんなで一緒にお念佛を称えることができるのならば、一僧侶としてこれほど嬉しい事はありません。ご家庭のお佛壇の前で、また、年回法要時もみんなでお念佛をお称えしましょう。そして、たくさんの方々と、お念佛をお称えできる喜びを分かち合いたいと思っております。
 コミュ二ケーション不足といわれる現在に、日々のあいさつを大切に、またお念佛をいつも心の中に、また多くの方々とお称えさせて頂き一日一日を大切にしっかりと生きていきたいと、心から思います。

合 掌

2013年03月16日
和歌山県 日高郡 最勝寺 叢 信哲