虫の知らせ

 昨年八月十五日の朝。お盆のお参りやお勤めが立て込み、今日一日が無事に終わればホッと一息だなと思いながら朝食をとっていた時に電話が鳴った。京都のお師匠様からで「老僧(お師匠様のお父様)が昨晩、往生した。」とのことだった。往生とは「極楽浄土へ往き生まれる」の教えです。腹部動脈瘤で長期間の入院生活。八十五才でのご往生でした。もちろん面識があり、深い愛情で小僧の私を導いて下さった念佛行者であり大恩人である。電話口でおもむろにお念佛をお称えさせていただいた。お通夜、お葬儀は○月○日の何時からと日程をお聞きするが困惑してしまう。お盆明けに私は、佐賀にお施餓鬼法要のお説教に行かねばならない。お師匠様が「たとえ親が死んでも布教が優先」とおっしゃる。不義理とは思いつつ佐賀へ向かった。
 佐賀から自坊高知に戻ったのが同月二十日。京都のお師匠様にお電話させていただいた。「この度は誠に失礼いたしました。」と。すると「かまわん、かまわん。時節柄致し方ないこと。」と優しくかえしていただいた。続いて尊くも不思議な出来事をお話し下さった。
 
 お師匠様はよりによって十四日の朝、室内履きスリッパの中に潜んでいたムカデに足を噛まれた。ムカデは「刺す」のではなく一対の鋭いアゴで噛み付くのです。私も経験のあることだが被害に遭うと治療が厄介なのである。足の腫れは尋常ではなく正座もままならない。慌しいお勤めの合間をぬって病院へ。ご老僧が入院している病院へである。ムカデ被害の治療が終わり、ご老僧を見舞うと開口一番「もう、見舞いの必要はない。わしは今日、浄土へまいる。」と真顔でおっしゃる。「お盆の忙しい時になんちゅう冗談を言うんや。」そんなやり取りをして病院をあとにしたそうです。そしてその日の夜、宣言通りご老僧はこの世を去っていかれた。「虫の知らせとはこのことよ。お盆の忙しい時期に何とか最後に別れの言葉をと佛様がムカデに成り代って病院に導いて下さったんや。南無阿弥陀佛、お念佛のおかげよのう。」とお師匠様は電話口でしみじみと語ってくださった。  「虫の知らせ」とは予知予見的な胸騒ぎだけではないようです。かさねて念佛行者の潔い臨命終時の様を垣間見た気がした。

 阿弥陀如来さまのお力は広大慈恩です。自身の肉体に対する執着。名誉、財産、家族、親族への執着。さらには当来世(後の世)に対する不安・おそれ。これらの苦しみ悲しみをもすべて阿弥陀如来さまは救いとってくださるのです。

南無阿弥陀佛     合掌

2013年02月03日
高知県須崎市 発生寺 佐藤嘉辰