ともに励み ともに歩む
江戸の頃の話である。京都の室町の豪商にサワという名の若い女中がいた。ある時、その家では大勢の僧侶や親戚知人が招かれて先祖の供養が盛大に営まれた。その時、忙しく働いていた女中の一人が、誤って主人が大切にしている皿を割ってしまったのである。降ってわいたような災難に顔色もなく立ちすくんでいる女中のそばを、ちょうどサワが通りかかった。何を思ったかサワはとっさに「これは私が割ったのです。」と言うと、割れた破片を自分で片付けてしまった。
その晩のことである。皿を割った女中がおそるおそる主人の部屋に詫びに行ってみると、先にサワがきている。女中は粗相の事実を述べて許しを請うと、主人は二人をみながら、
「不思議なこともあるものだ。今、サワがきて皿を割ってすまぬと詫びたところへ、今度はお前が名のり出てきた。いったい、どちらが本当の犯人なのだ。」と言った。しかし、二人とも自分が犯人だといって譲らない。そこでサワが言った。
「私が犯人という証拠に、私は割れた破片の数を知っている。これは本当に割った者でなければ知らないことです。」
そこまで言われると相手も返す言葉がない。三人の間に沈黙が流れた時、主人がおもむろに言った。
二人とも言い争っているが、実は皿が割れた時、私は襖のかげからその始終を見ていたのだ。しかし接待に忙しくて、そんなことにかまっている暇もなかったので黙っていたのだ。だから皿を割ったのはサワでないということを私は知っている。なのにサワはどうしてそんな嘘を言うのか。」
主人に現場を見られたとあってはもはやのがれようもない。涙ながらに述べたサワの嘘の真相はこうであった。
「今日、こちら様ではご法事が勤まりましたが、実は私にとりましても、今日は田舎で死んだ母の命日なのです。こちら様で立派なご供養がなされている一方、不甲斐ない私は、母のために一本の花も供えてやれない。そのことが悲しくて申し訳なくて仕方ないのです。母様、すまぬ、すまぬと思って働いている時に、ちょうどこの人がお皿を割りました。その時とっさに思ったのは、この他人の過ちを自分が引き受けたなら、亡くなった母が喜んでくれるのではないかということです。母に喜んでもらいたいばかりに嘘をつきました。」
サワの言葉をきいた二人の間に、しみじみとした空気が流れた。
前文は古い書物に紹介されていた逸話です。サワの『母様、すまぬ、すまぬ』という懺悔の想いに対して『明るくあれよ 正しくあれよ 和やかであれよ』と仏さまが応じて下さる様子がくみ取れます。損得勘定を越えて善行を修めた彼女も尊いですが、その様な心境に彼女を導いて下さった、仏さまと母親の親心にホロリといたします。
法然さまがお広め下さった口称念佛の行は、今日のような変転極まりない時代であっても、仏さまと私を結びつけて下さる最も勝れた仏道修行です。「私は一人ではない。お浄土の方々と共にある」との信念のなかに、共に口称念佛を行じてまいりましょう。
南無阿弥陀佛
2013年01月16日
大分県国東市 蓮華寺 鶴山恒教