喜足小欲
毎週日曜日の朝参会が終わり、しばしの談笑のあと食事を済ませると、ちょうど8時頃になります。いつの間にか子供と一緒に仮面ライダーを見るようになっていました。今の仮面ライダーは「オーズ」と言うのですが、設定が面白い。三つのメダルの組み合わせでいろんな姿に変身する。あの手この手で関連商品を売ろうとする工夫には頭が下がります(そしてつい買ってしまう)。敵対する相手はグリードと言います。彼らは人間の欲から様々な怪人を生み出し、仮面ライダーと戦うこととなる。食欲、名誉欲、美しくなりたいという欲等々。様々な人間の様々な欲が今回の仮面ライダーのテーマです。リーマンショックの頃に言われた強欲(グリード)資本主義からヒントを得たのであろうことは想像に難くないでしょう。そして悪役であるグリード達は800年前に生みだされたが、戦いの末に封印されたという設定になっています。そう、800年前です。
その800年前にご往生された法然上人はこのような言葉を残されています。
「貪(とん)というについて、喜足(きそく)小欲の貪有り、不喜足大欲の貪有り。 今浄土宗に制する所は、不喜足大欲の貪煩悩なり」
貪(むさぼ)りの心にも、
①足るを喜び、必要なものを少しばかり欲しがる心(喜足小欲)と、
②いくらあっても満ち足りずどこまでも欲しがる心(不喜足大欲)
の2種類があり、浄土宗で戒めるのは不喜足大欲の方です。喜足小欲の方はさし障りはありません。
また、お釈迦様は煩悩のままに生きる快楽主義も、一切の欲を否定する苦行も否定され、両極端を避ける「中道(ちゅうどう)」の精神を説かれました。
すべての欲を無くして生きることは出来ません。また、人間が社会の中で生き、社会の発展のためにもある程度の欲は必要でもあります。しかしそれが行き過ぎてはいけない。
多くの人がどこかおかしいと思っているように、現代では明らかに行き過ぎています。強欲資本主義しかり、環境破壊しかり、原発しかり。まず今の自分が置かれている立場をみつめ、喜び、本当に必要な物、本当に頼りになるものを選んでいくこと。これが東日本大震災以後の我々の目指す生き方であろうと思います。
今回の震災は私達に多くの影響を与えました。震災の被害を見て、最後に頼りになるのはやはり財産だと考えた人もいるかもしれません。家族や友人だと考えた人もいるかもしれません。そして日常が如何に脆いものであるかを目の当たりにし、本当に必要なものは何か、最後に頼りとするものは何か、という鋭い問いを私たちに突き付けました。
震災後に生活必需品が品薄になりました。遠く離れた広島の地でも買占めの影響もあってか、ガソリン・一部の食糧・水・おむつ・電池・ライト・ラジオ等は手に入りにくくなりました。逆に言えばそれらの物があれば何とか生きていけるということでもあります。
モノがあふれているこの時代は、お店に行ってもテレビを見ていてもいくらでも欲しいものはあります。
しかし、お念佛を称えて阿弥陀佛の極楽浄土に救いとられていく私達です。どんなモノよりも有り難い尊いことです。充分なモノに囲まれている上に、遭い難いお念佛のみ教えに出会い、最高のお浄土に往生させて頂ける。私達はやはり恵まれていますよね。
喜足小欲の心でお念佛を申して生きていく。これが真実心のお念佛だと法然上人もお示し下さっています。
今あるものに感謝し、今の自分を喜び、最後の最後に頼りとなるお念佛の教えとともに生きていくこと。それが大震災以後、日本人として、佛教徒として、そして念佛者としての私達の生きていく道であろうかと思います。
南無阿弥陀佛
2011年05月01日
広島教区浄土宗青年会 大念寺 佐伯拓哉