法然上人のご生涯とみ教え ③
深い嘆きの中で
法然上人は非常に優れた方で、当時「智慧第一の法然房」と周囲から讃えられ、奈良で出会った他宗の僧侶から師と仰がれるほどでした。しかしご自身の心の内では、煩悩具足の愚かな凡夫(ぼんぶ)である、という自覚を深く持っておられたのです。凡夫とは、煩悩を抱えた不完全なもの、苦しみや迷いを持った者、という意味です。煩悩とは苦悩、心痛の意で、心身を煩わし悩ます心の働きのことです。
周囲からの評価とは裏腹に、法然上人ご自身は、「煩悩に振り回され、一つの戒めさえ満足にたもてない」と苦悩されたのです。
その苦悩の一つには、幼い時に父を目前で討たれた思いがあった、と推察されます。その日の出来事、自分が敵に抱いた怨みが脳裏から消える日はなかったでしょう。
報恩蔵に籠もられ、お経やその注釈書を来る日も来る日も読まれます。しかしお経に準じて修行に明け暮れれば暮れるほど、煩悩が心を惑わし、思いを定めることすらできない…。
深い嘆きの中でも法然上人は、父から授かった遺言を支えに、ひたすらに救われる道を探し求められます。
比叡山の厳しい自然環境の中、衣食もままなりません。まさに命がけで邁進される日々が続いたのです。